Will-Can-Must分析:やりたい・できる・すべきの統合

5 キャリア戦略

「Will-Can-Must分析って、新人研修でやるやつでしょ?」——そう思っているマネージャーほど、キャリアの迷子になりやすい。組織から求められる役割(Must)と自分の実力(Can)の板挟みの中で、「自分が本当にやりたいこと(Will)」を見失い、日々の業務に疲弊していく管理職は少なくありません。

この記事では、キャリア戦略の王道フレームワーク「Will-Can-Must」を、単なる自己分析ツールとしてではなく、管理職が自分のモチベーションと市場価値を同時に高めるための戦略的思考法として再定義します。3つの円の重なりをどう設計し、どうスパイラルアップさせるか——その具体的な方法を徹底解説します。


Will-Can-Must分析とは何か:3つの円の本質

Will-Can-Must分析は、自分のキャリアを構成する3つの要素を可視化するフレームワークです。それぞれを正確に定義するところから始めましょう。

  • Will(やりたいこと):自分の価値観・情熱・志・興味関心。内発的動機の源泉。
  • Can(できること):スキル・実績・知識・人脈・強み。現在保有しているリソース。
  • Must(すべきこと):会社からの期待・役割・責任・市場のニーズ。外部からの要請。

この3つの円が重なる部分が、あなたの「キャリアのスイートスポット」です。ここでの仕事は、やりがいがあり(Will)、能力を十分に発揮でき(Can)、周囲からも評価される(Must)ため、最高のパフォーマンスと充実感を同時に生み出します。

重要なのは、この3つの円は固定されたものではないという点です。半年前のCanは今のCanではないし、入社当時のWillは組織経験を通じて変容します。だからこそ、定期的にこの3つを描き直す習慣が、長期的なキャリア戦略において不可欠なのです。

管理職こそ、このフレームワークを使い倒すべき理由

個人の自己分析ツールとして語られることの多いWill-Can-Must分析ですが、実は管理職にとってこそ強力な羅針盤になります。なぜか。

管理職は「組織の要求(Must)」と「現場の実情(Can)」の間に立ち続けることで、自分自身のWillを後回しにしがちです。昇進した途端に「以前はあんなに仕事が楽しかったのに…」という感覚を持つ人が多いのは、このWillの喪失が原因です。Will-Can-Must分析を定期的に行うことで、「自分が今、何を大切にしているか」を常に意識した意思決定ができるようになります。

また、チームメンバーの成長支援においても、この視点は有効です。部下一人ひとりのWill・Can・Mustを把握することで、より的確な役割付与と育成計画が可能になります。成果が出る1on1の教科書でも触れていますが、部下のWillを引き出すことこそ、長期的なエンゲージメント向上の鍵です。


3つの円が重ならない時の処方箋

現実問題として、3つの円がきれいに重なっている状態はむしろ稀です。特に変化の激しい2026年の職場環境では、Mustが急速に拡大・変化する一方で、CanとWillの更新が追いつかないケースが頻発しています。

「やらなければならない(Must)のは分かっている。でも、できる気がしない(Can不足)し、正直やりたくもない(Will欠如)」——これが、多くの管理職が感じる疲弊の正体です。この状態を放置すると、バーンアウト(燃え尽き症候群)へと発展するリスクが高まります。

では、円が重ならない時、私たちはどう対処すべきか。3つの具体的なアプローチを解説します。

アプローチ1:Canを広げてMustを飲み込む

「やりたい仕事(Will)」を手に入れるには、まず「信頼」という通貨を稼がなければなりません。組織において信頼を得る最も確実な方法は、「求められていること(Must)」で着実に成果を出すことです。

今の能力(Can)が不足しているなら、まずCanを広げてMustを達成する。その実績を積み重ねることで、初めて「次はこれをやりたい(Will)」という発言権が生まれます。Willは最初から主張するものではなく、成果を出した後に発動するもの——この順序を間違えると、組織から浮いた存在になってしまいます。

具体的には、以下のようなアクションが有効です:

  • 今のMustを90日で達成するための短期目標を設定する
  • 不足しているCanを特定し、月1つのスキルアップ行動を決める
  • Mustの達成を上司に可視化させ、信頼残高を積み上げる

アプローチ2:ジョブクラフティングで仕事を自分色に染める

ジョブクラフティング(Job Crafting)とは、与えられたMustの中に、自分のWillやCanを意図的に混ぜ込む技術です。「やらされる仕事」を「やりがいのある仕事」に作り変える、主体的な仕事の再設計法といえます。

例えば、「退屈な定例会議の運営(Must)」を任されたとします。そこで次のような視点の転換ができます:

  • ファシリテーションスキルを試す実験の場にする(Canの活用・拡張)
  • 会議時間を30%削減するプロジェクトとして再定義する(Willの反映)
  • 参加者の発言量を増やす仕掛けを試みる(心理的安全性の実践)

この考え方は、関係性の質を高める「成功循環モデル」の応用でもあります。仕事の質は、その仕事に対する自分の関わり方の質から生まれるのです。

アプローチ3:Willを抽象度を上げて再定義する

「やりたいこと=特定の業種・職種・タスク」と狭く捉えると、キャリアの選択肢が極端に狭まります。Willを再定義する際は、一段階抽象度を上げることが重要です。

狭いWill(具体)広いWill(抽象)
マーケティングがしたい人の心を動かしたい
エンジニアとして開発したい複雑な問題を構造化して解決したい
人事として採用に関わりたい人の可能性を引き出したい

「人の心を動かしたい」というWillであれば、人事でも、営業でも、管理部門でも実現できます。Willの抽象化は、キャリアの柔軟性を劇的に高める思考法です。


スパイラルアップ:3つの円を大きくし続けるサイクル

Will-Can-Must分析の真の価値は、一度の自己分析にあるのではありません。3つの円を継続的に拡大・統合し続けるダイナミックなプロセスこそが本質です。これを「スパイラルアップ(螺旋状の成長)」と呼びます。

成長し続ける管理職は、以下のサイクルを意図的に回しています:

  1. 今のCanを活用してMustを達成する——まず目の前の期待に応える
  2. 成果が信頼を生み、より大きなMustを任される——責任の範囲が拡大する
  3. 高いMustに挑む過程でCanが磨かれ拡大する——新しい能力・経験が蓄積される
  4. できることが増えると思考が自由になり、新たなWillが芽生える——次のステージのビジョンが見えてくる

このサイクルが機能している状態は、タックマンモデルにおける「統一期(Performing)」に近い感覚に似ています。チームも個人も、高いパフォーマンスを発揮し続けるためには、この「成長のサイクル」を意識的にデザインすることが欠かせません。

管理職がスパイラルを止めてしまう3つの罠

このサイクルを回せない管理職には、共通のパターンがあります。自分が当てはまっていないか、チェックしてみてください。

  • 過去のCanへの依存:かつての成功体験・スキルにしがみつき、新しいCanの獲得を怠る
  • Mustの受動的受容:言われたことだけをやり、自分からMustの意味を問い直さない
  • Willの封印:「管理職だから自分の希望は二の次」と諦め、Willを更新しなくなる

特に3つ目の「Willの封印」は深刻です。Willを持たないリーダーは、チームに対してもWillを引き出す問いかけができません。コーチング質問術で部下の主体性を引き出すためにも、まずリーダー自身がWillを持ち続けていることが前提条件です。


Will-Can-Mustを1on1・育成に活かす

このフレームワークは、部下育成の場面でも強力なツールになります。効果的な1on1の7ステップにおいて、部下のWill・Can・Mustを定期的にアップデートする対話を設けることで、キャリア支援の精度が格段に上がります。

特にZ世代のメンバーとの1on1では、「Must(会社が求めること)」よりも「Will(自分がやりたいこと)」への関心が高い傾向があります。Z世代が辞める本当の理由のひとつは、「WillをMustに押しつぶされ続けること」です。管理職がWill-Can-Mustの視点でメンバーを見ることで、離職防止と成長支援を両立できます。

部下のWill-Can-Mustを引き出す問いかけ例

要素問いかけ例
Will「今の仕事の中で、特に情熱を感じるのはどんな瞬間ですか?」
Can「最近、自分の成長を実感したエピソードはありますか?」
Must「今のチームや会社から、自分に何が求められていると感じていますか?」
統合「3つが重なる仕事を設計するとしたら、どんな役割が理想ですか?」

これらの問いかけは、傾聴の3つのレベルを意識しながら行うことで、部下の本音を引き出す深い対話につながります。


心理的安全性との関係:WillはSafeな環境でしか育たない

Will-Can-Must分析の効果を最大化するためには、「Will」を安心して語れる環境が不可欠です。「こんなこと言ったら浮いてしまう」「批判されそう」という恐れがある職場では、WillはどんどんMustの陰に隠れていきます。

これは個人のキャリアだけの問題ではありません。チーム全員がWillを隠している組織は、Googleが証明した最強チームの条件——心理的安全性——が欠如した状態に陥りやすいのです。一人ひとりのWillが組織の中で尊重される文化こそ、イノベーションと高いパフォーマンスの土台になります。

逆に、心理的安全性の「ぬるま湯」誤解にも注意が必要です。Willを尊重するとは、「何でも許容する」ことではありません。Willを尊重しながら、高い基準のMustを同時に追求する——この両立こそが、真の意味でのサポーティブなマネジメントです。


定期的なメンテナンスが、キャリアの健康診断になる

Will-Can-Must分析は、一度やれば終わりではありません。人は変わり、組織は変わり、市場は変わります。半年に一度は、この3つの円を白紙から描き直す習慣を持ちましょう。

チェックすべきポイントはこちらです:

  • Mustが肥大化していないか?:Willが押しつぶされ、日々の業務が「義務の消化」になっていないか
  • 古いCanにしがみついていないか?:過去の成功体験が今のMustとズレ始めていないか
  • WillがMustと接点を持っているか?:独りよがりなWillになっていないか。市場・組織との接点はあるか
  • 3つの円の重なりは広がっているか?:半年前より統合面積は大きくなっているか

この点検作業は、OKRの目標設定と組み合わせると効果的です。半期ごとのOKR策定のタイミングで、Will-Can-Mustの再点検を行うサイクルを組み込むことで、個人の成長と組織目標を自然に連動させることができます。

エンパワーメントとの接続:Canが育てば自律度が上がる

Canが広がり、Mustを超えるCanを持てるようになった状態は、エンパワーメント(権限委譲)の準備が整ったサインでもあります。「もっとこの人に任せたい」と感じさせる部下は、例外なくCanとWillが豊かで、MustとWillが重なっている人です。

管理職自身も同様です。Will-Can-Mustの統合面積が広がれば広がるほど、より大きな役割・権限を委ねられる存在になっていきます。このフレームワークは、キャリアの自己認識ツールであると同時に、組織の中での影響力拡大戦略でもあるのです。


【現役管理職の見解:三つの円が重なる場所。そこに、あなたの「使命」が眠っている】

「やりたいこと」だけでは食べていけないし、「すべきこと」ばかりでは心が枯れてしまう——。キャリアの悩みのほとんどは、この三つの円のズレから生まれていると、私は確信しています。

私自身、Web・企画・コンサル領域のプロジェクトを長年手掛ける中で、Mustに押されてWillを後回しにした時期がありました。「それが仕事というものだ」と自分に言い聞かせながら、気づけばエネルギーが底をついていた——あの感覚は今も忘れられません。転機になったのは、この分析を改めて自分に当てはめ、「私が本当に情熱を感じるのは何か」を正直に問い直したことです。

INTJである私の気質として、どうしても「Can(できること)」と「Must(すべきこと)」から逆算してWillを設定しようとしてしまいます。でも、それだと長続きしない。Willは、実績や役割から「降ってくる」ものではなく、自分の内側を掘り下げることで初めて見えてくるものだと気づきました。

このフレームワークで大切なのは、「正しい答えを出すこと」ではなく、「今の自分を正直に見ること」だと思います。どれか一つの円が小さくても、今はそれでいい。重要なのは、そのズレを認識して、次の行動に変えていくことです。

あなたの三つの円は、今どんな状態ですか?その問いを持ち続けることが、キャリアを自分でデザインする第一歩です。自分の物語を、諦めずに紡いでください。

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